かつてこの学園都市全体を巻き込んだ電子世界の戦争は、十に満たない生徒達の手によって終結した。数々の犠牲を出した創造システムは、二度と目覚めることのないようにと完璧にフォーマットされ、それらが記録されていた媒体もろとも、高温の炉の中で焼き尽くされた。
しかしそれから半世紀が経とうという頃、そのシステムを模倣した者たちがいた。すでに当時を知る者は殆どおらず、噂話程度の伝聞という形での知識でしかないが、プログラムを書き起こした者達も、元のシステムの危険性はもちろんよく理解していた。その欠陥や脆弱性を改善し、あくまでも楽しむことだけを目的としたゲームという形で、再びこの学園都市に創造システムが構築されたのだった。
人の脳を間接的に電子世界に接続していた以前の方法とは違い、精巧な義体に作成したキャラクター情報をコピーし、それら同士を直接戦わせる、リアル対戦ゲーム。幾多のテストプレイと改修を行い、安全性に関する問題も難なくクリアしたそのシステムは、瞬く間に学園都市全体に広がった。それまで学園都市で流行していた暇つぶしの類いのすべてがほぼこのゲームに取って代わった事により、各拠点にもサーバーが設置された。当然各拠点サーバー間での対戦も可能であり、着実にプレイヤーを増やしてゆく〝RUNE(ルーン)〟は、今や学園都市で知らぬものはいない大規模なゲームとなっていた。
だからこそ、付け込まれたのだ。舞台を探し彷徨っていた〝人以外の存在〟に。下手に自由の効くゲームシステムは〝彼女〟によってあっさりと乗っ取られ、数多のプレイヤーは、一瞬にして人質に成り代わった。
こうなってしまっては、もはや脆弱性や危険性への対策は開発者にどうにか出来る域を遥かに越えていることは誰の目にも明白だったが、しかしやはり、このシステムを組み上げた者たちは大いに責め立てられた。
その中に、明永禱(あけながいのり)もいた。いくら弁解した所で、燃え上がった炎は簡単には鎮められない。禱を含めたRUNE(ルーン)開発者たちは、人々に言い訳をするよりも、事態への対処を優先した。降り掛かる火の粉を気丈に受け止め、彼らは一つの決断をした。
それは、彼女のゲームを舞台を整えること。
彼女はゲームを乗っ取り、初めて人々の前に立った際、幾つかの言葉を残していた。一つは、自身の理想の舞台を見つけたということ。一つは、しかしその舞台で踊らせるための役者がいないということ。そして一つは自身が相当に腹を立てているということ。
この対戦ゲームを乗っ取ったというところから、彼女が誰かを戦わせたい、もしくは自身に戦いたい相手がいるのだと言うことが予想できる。それに加え、彼女の口ぶりからして、恐らく望む〝役者〟は、彼女が甚振りたくて仕方のない相手のように思える。
なら。もしかしたら。〝役者〟が彼女の敵に当たるものであるならば、こちらの味方になってくれるまでとはいかなくとも、彼女の抑止力くらいにはなるのではないだろうか。
正直、博打もいいところだった。希望的観測、都合のいい解釈で理屈を捏ねたに過ぎないが、それでも何もしないよりかは良いだろうと、開発者たちはこぞって首を縦に振ったのであった。
かくして、RUNE(ルーン)開発者たちは、表向きには学園都市の敵となった。暴虐の限りを尽くす彼女へ歩み寄り、交渉に当たる。こちらの考えなどすべて見通しているというようにねっとりと笑いながらも、彼女はこちらの提案を快く受け入れた。そして禱は、代表者として、彼女が最も待ち望んでいた相手――翠霊・エルクローザを義体へと降ろしたのだった。
鬼が出るか蛇が出るか。対面を果たした二人を緊張した面持ちで観察していた禱たちであったが、結果は先程のとおりである。
禱の言葉の一部始終を静かに聞いていたエルクローザは、彼がそれを終えると共に、案の定大きな溜息を漏らして頭を抱えた。
「……下らない」
露骨な態度でそう言い、彼女は額に手をやり首を振る。
「そんな下らない理由で喚ばれただなんて。気分が悪いにも程があるわ」
「……」
〝堕星〟――エルクローザによると、彼女はフェトラーナというらしい――の手に掛かり倒れ伏した少女を休ませるべく、医務室へと移動した一行は、事の起こりを包み隠さず話した。終始嫌な顔をしているエルクローザだったが、禱達の、誰を庇うことなく、言い訳もしない態度にはわずかに感心したようだった。
「軽率に謝罪を口にしない所を見るに、きちんと今の状況は把握できているようね……。正直気乗りはしないけれど、貴方達を人質に取られた以上――そして何より、あの愚か者が関わっている以上……必然的に貴方達の味方に成らざるを得ないようね」
項垂れるエルクローザに、閉ざされたカーテンの向こうから男が声をかける。
「君にしては随分協力的じゃないか。もっとごねると思ってたんだけど」
「……黙って治療に専念なさいな」
「やだな、こんなもの目を閉じていたって出来るよ。しかしまあ、人間は大変だね~。たった一つの小さな傷で生きるか死ぬかが決まるんだから」
「いや、それは僕らも同じでしょ」
「そうだよ。何度かエルに扉開かれかけてるくせに」
男に次いで、軽い声が二つ。どちらも、エルクローザと同じく、フェトラーナの指示によりRUNE(ルーン)開発者に義体へと降ろされた者達である。幸い、エルクローザの隣にぼうっと突っ立っている少年の姿をしたそれを含め、全員が全員、お互いに面識があるようだった。
「よーし、終わり! もう大丈夫だよ」
そう言い、男が勢いよくカーテンを引き開ける。横になっている少女――RUNE(ルーン)開発者の一人、佐久間奈月である――は、傷跡こそ生々しいものだが、容態は落ち着いているようだった。
「今の見た目はこんなだけど、明日にはキレイに治るようにしておいたから。やっぱり女の子の身体に傷が残るのは僕としても気分が良くないからね~」
「大丈夫だよエル、私がちゃんと見えないようにしていたから」
「アインはほっとくとすぐ女の子に手出すからな~」
「あまりにも人聞きが悪い。僕はナンパするだけ!」
ベッドに浅く腰をかけるよく似た顔の二人にからかわれ反論する男に、エルクローザが溜息混ざりに言う。
「それほど変わりはしないでしょうに……」
「変わるよ!」
「アインは毎回隣を歩いている人が違うね」
「スクまで!?」
やいやいと言い合う彼らの姿を見て、禱を含めた全員は顔を見合わせる。それに気付いたのか、エルクローザがこちらに向き直る。
「なにか?」
「えっと……思ったよりもこう、ノリが軽いと言うか……」
「もっと厳かであれと?」
「いや、そういう訳じゃ」
禱がたじろいでいると、男がけらけらと笑う。
「どうせ堕星あたりがまたエルのことを〝神様〟とでも呼んだんじゃないかい? それに一番最初に見たのが君の姿であれば、僕らという存在を神聖視してしまうのも無理はない。なんてったって君は翠霊の中でもそれっぽさが段違いだからね」
「ええと、つまり……貴方達翠霊と言う存在は、神様……ではない、という事、でしょうか……?」
頭の中を整理できずにいる禱が率直な疑問をぶつけると、翠霊達は一様に首を横に振った。
「私達をそう呼ぶ者もいるわ。だけれど、正確にはそうではない。私達は――貴方達の言葉で言う所の〝概念〟に当たるものよ」
「概念……」
「私達を視認できない人々が、私達をそう分類した。それがそれであると言う概念――私達は、人々に寄り添うべくそう在るのよ」
彼女の言っていることがいまいち理解できず首を傾げる開発者達に、少年が説明する。
「わかりやすく言うとね、例えば、生き物は死ぬよね。それはその世界に死という概念が在るから。そしてそれを司るものがいる。それが僕たちだよ。それを司る者がいなくなると、その概念は世界から消えてしまう。そして――それが今の状態だよ」
「そう、私達が元いた世界から消えたことによって、一時的に私達が司る概念がその世界から消失し、逆にこの世界に余分に紛れ込んでしまっている。悠長なようだけれど、これは由々しき事態よ」
そう言い、エルクローザは大きく舌打ちをする。それを宥めるように、男が彼女の肩に手を置く。……勢いよく振り払われてはいたが。
「というわけなので、僕らも早く元いた世界へ戻らなきゃいけない。その為にも、君らには全面協力させてもらうよ。……エルについては悪いね、彼女は今〝自身の愛する世界〟という精神安定剤を失っている状態なんだ。少しばかりは勘弁してやっておくれよ」
「は、はい。もとより彼女が憤慨するのも仕方がないと思っていますし……俺たちにはその怒りを受け止める義務があります」
禱は拳を握りしめ、確たる意志を持ってそう口に出す。しかし、エルクローザがそれに反論するように言う。
「何を言っているの。それは違うわ」
「へ……?」
「貴方達の選択は正しいわ。何を否定される事があるというの」
「へ? へ……?」
禱が先程まで受けた彼女の否定的な言葉を頭の中で反復していると、ベッドに腰掛けたままのよく似た二人がハッとした顔で口元に手をやる。
「やば、もしかしてエルがキレてるの、全部人間のせいでややこしいことになったからだって思ってるんじゃない!?」
「……っぽいね。大丈夫だよ、エルは確かに突然巻き込まれた事に腹を立てているけれど、その怒りは全部堕星の奴らに向いているから。僕らだって同じ。君たちに恨みはないよ。エルはあんなだからわかりにくいかもだけど――すごく優しいひとだから」
じゃなければ、この子を抱えてこんなところまで来ないでしょう。そう言い、二人は奈月を見遣る。
「責任を感じているんだよ。エルだって何も悪くないのにね」
「そ、悪いのはぜーんぶ堕星の奴らだから! エルのこと好きになれなくてもいいけど、嫌ってやらないでね」
少し悲しげに零すと、二人はエルクローザの方を一瞥する。どうやら彼女には、こちらには預かり知りようもない事情があるようだった。禱はそれについて言及するはずもなく、ただ素直に頷いた。
「さて、それじゃあ利害の一致による双方の意思確認も取れたわけだし、さっそく作戦会議といこうじゃないか!」
男がなぜか楽しそうにそう言い両手を広げたところに、禱は慌てて挙手し口を挟む。
「あ! ちょ、ちょっと待って!」
「ん? どうしたんだい?」
「その……不躾だとは思うんですけど、皆さんのお名前だけでも教えてもらえないでしょうか」
「……」
禱としては別段おかしな事を言ったつもりはなかったのだが、ぽかんとした顔でこちらを見る翠霊達に焦りを覚えざるを得なくなる。
――名前を聞くことは禁忌に当たる無礼だとか!?
さっと血の気が引いていく禱とは裏腹に、硬直してた翠霊達は各々に脱力するのだった。
「あ~……そうだった。いつも忘れるんだこれ」
「私達は言わなくったってわかるもんね……」
「失念」
次々に頭を抱える中、やはり一人楽しそうな男が腹を抱え笑いながら言う。
「ふっははは! ごめんごめん、そうだよね、君らには紹介が必要なんだった! よし、それじゃあ今更ではあるけれど名乗らせてもらうとしよう! 先ずは僕からね。僕はアインストレイア。アインでいいよ」
「わかりました。よろしくおねがいします」
禱が軽くお辞儀をすると、アインストレイアと名乗った男はひらひらと手を振った。それを皮切りに、翠霊達は次々に声をあげた。
「僕はマリアルフィーロ! で、こっちがマリアルヴィーレだよ」
「一応私達としては別の姿をとっているつもりなんだけれど……違って見えるかな?」
「ええと、大丈夫です。髪が長いほうがマリアルヴィーレさん、短いほうがマリアルフィーロさん、ですよね?」
禱が確認の為に各々を示すと、マリアルヴィーレは柔く微笑む。
「うん、そういうふうに見えてるなら大丈夫だね。あと名前は縮めていいよ」
「あっでもエルみたいにレとロみたいな一文字の略しは止めて! 妥当にルフィーロとルヴィーレって呼び方で固定しとこうよ~!!」
「え!? 君らってそこで切るの!? ルのあとで切るのかと……」
「いや別にどこで切っても嫌がりゃしないけど……でも一応マリアだからさ……」
「マジか……」
長年の固定概念が壊されて呆然とするアインに、ルフィーロとルヴィーレが生温い視線を送る。そんな中、静かに手をあげて次の翠霊が声を発した。
「スクだよ。ええと……短い名だからこれで」
そう言い、スクは一歩後ろへ下がる。アインが「それだけ!?」と叫ぶも、その後も特に言葉を加える様子もなく突っ立っている為、皆の視線は自然と最後の一人、エルクローザへと向けられる。
「……まったく……貴方達という人は」
溜息をつくも、それまでもたれかかっていた壁際から身体を離すと、改めて皆の方へ向き直り、彼女は名乗る。
「〝楽園に最も近き扉〟――エルクローザ」
彼女のその言葉と共に、翠霊達は薄く笑う。
――神様。
彼女達は否定するが、やはり禱には――いや、少なくとも人間には、翠霊という存在は限りなく神性であると感じざるを得ないのだった。それぞれが別の雰囲気をまといつつも、その背後にある強大な何かが、共通して彼らを高位のものだと知らしめる。
しかしそんな人間の抱く畏れに気付いていないのか、どこか居心地が悪そうに、その神々は言うのだった。
「あのさ、ちょーっとやりにくいから、僕達の事は呼び捨てにしてくれない? 敬語もさー、人間は僕達に気を使ってか畏まるけど、正直僕達の中ではそういう文化がないからただただ窮屈なんだよねー」
「あ、それは僕も思ってた! タメ口でいいよタメ口で」
「え、ええ~……?」
気が引けると言う以前に、本当にそうしていいのかと言う疑念しかないのだが、しばらく黙っていても、誰かが冗談だと笑いもしない為、実に不可解な顔で冷や汗をかきながらも、禱はぎこちなく頷く。
「わ、わかり……わかった」
「死ぬほど硬い」
「かちこちだね」
ルフィーロ、ルヴィ―レに誂われる禱を見て遠巻きにあわあわと戦慄いていた他の開発者達だったが、ルフィーロが指を突きつけ「君達もだよ!」と宣った事により、より一層竦み上がるのだった。
「それで。堕星は私達に何をさせようというの?」
「アレのことだ、どうせろくなこと考えてないよ」
あーやだやだ、とアインは首を振る。
「彼女は――貴方達にRUNE(ルーン)のキャラクターとして、自身が用意した駒と交戦して欲しい、と言っていたんだ」
「ふむ。……つまり?」
ルフィーロが首を傾げたのを見て、禱は詳しく説明する。
「俺たちが作ったゲーム……RUNE(ルーン)は、本来、義体に自分が作ったキャラクター情報を反映させて、それらをフィールド内で戦わせるゲームなんだ。彼女はそのシステムを利用して、自身が用意したキャラクターと貴方達を戦わせようとしている」
「なるほど! 格ゲーのキャラクターになったんだね僕ら」
嬉しそうにニコニコと笑うアインを、ルヴィーレが肘でつつく。
「笑ってる場合じゃないよ。普段なら一秒で片がつけられるところだけれど、今の私達は能力が制限されている状態なんだよ。何らかの策を講ずる必要があると思う」
「ルヴィーレの言う通りだよ。いくら僕達が死なない系概念の類いと言っても、長丁場になるのは流石に避けたいもんだ」
足をぶらぶらと振りながら、ルフィーロが零す。禱は今更のように、フェトラーナの余裕を湛えた笑みの理由に気付く。
「そうか、縛りプレイ……」
が、一部の翠霊には別の意味にとられてしまったのか、ざわざわと色めき立つ気配を感じ、禱は慌てて弁解する。
「変な意味ではなく! RUNE(ルーン)の公式ルールの中に、一部のコマンドを使用不可にする設定があるんだ。多分、フェトラーナはそのルールを適用したんだと思う」
「めんどくさいことするなーあいつ」
「ゲーム用に作られた義体だからルールに基づいて動いているわけだし、義体から抜けたら制限は解除されるだろうけど――」
その意味を理解しつつもアインが言うと、案の定エルクローザがやんわりと止める。
「やめておきなさい。私達はもともとこの世界に存在していないのだから。唯一用意された器である義体から抜けてしまったら、最悪消滅するわ」
「だよねー」
冷静なエルクローザの声に、翠霊達は肩を落とす。禱はよほどこちらが不利なのかと急に不安になったが、アインはさほど慌てる様子もなく笑う。
「ああ、心配しないで。君ら人間で例えるなら、ほんの肩こりが酷いくらいのものだから。な、エル」
アインが同意を求めると、エルクローザは銀髪を揺らして答える。
「ええ。こんな蜘蛛の糸のような制限で私達を出し抜けると考えるのがそもそも愚かなことよ」
「僕達が勝つことは、決まっているんだよ」
エルクローザに続き、スクが柔く笑い、言う。
「ねえねえ、このゲーム、ズルしたらどうなるの?」
不意にルフィーロが問うたその言葉に、禱は急に言葉を詰まらせる。その様子に、エルクローザが代わりに答える。
「何のために堕星がこのゲームを乗っ取ったと思っているの。プレイヤーを人質にとったのよ。反則をすれば人が死ぬ。そうでしょう?」
「……ああ、その通りだよ」
「……なら、真っ向から勝負するしかないね。人間は守らなきゃ」
ルヴィ―レはそう言い、一度翠霊達の顔を見回す。
「ねえキミ、喚ばれた翠霊はこれで全員?」
「多分そうだと思うんだけど……なあ、喚んだのは五人だよな?」
禱が他の開発者に問うと、その中の一人が曖昧な返事を返した。
「実は……もうひとりいるはずなんです。多分、なんですけど……」
「? どういうことだ?」
「それが……」
あわあわと焦りながら説明する開発者の一人によると、用意した義体は、フェトラーナの指示により五体だけだったのだが、もう一つの降霊反応が確かにあったのだという。
しかしおかしな話だ。禱と研究員は互いに顔を見合わせる。先程エルクローザが言ったように、本来この世界に存在しないはずの翠霊が、義体もなしに降霊出来るはずがないのだ。
「もしかしたら、失敗して……消えちゃったんでしょうか……」
「……」
その言葉に、翠霊達は黙り込む。何か心当たりがあるような顔をして。
「……もしかして」
「その可能性はあるね。と言うより、そんな事が起こるのだとしたら、その可能性しかない」
見解が一致するアインとルヴィーレ。しかし、エルクローザはそんな二人に冷たく言い放つ。
「憶測で物を言わないで。そんな事があってはたまらないわ」
「……キミの悪い癖だよ。現実逃避をしても何にもならない」
顔を背けるエルクローザに、ルフィーロは更に冷たく言い放つ。が、スクが控えめにその袖を引いて制止する。
「まだ、わからないよ」
「スク……。ううん、キミってばエルに優しいんだね」
「エルも僕に優しくしてくれるから」
「ふーん……」
納得がいかない様子でエルクローザにじっとりとした視線を向けていたルフィーロだったが、やがて諦めたのか、禱達に向き直る。
「ま、今は詮索はよそう。あとからでも追加できる要素だしね。先ずは、今いる五人での対処を考えよう」
「賛成。さて、どうしたものかな」
「そういえばまだ彼の名前を聞いていないよね」
「今それを言う!?」
翠霊達が再び賑やかに話し始める中、エルクローザは一人医務室の窓に寄りかかり、外の景色を眺めていた。その表情はどこか寂しそうで――禱は、そんな彼女の様子に、神性とは真逆の人間性を感じずにはいられないのだった。